最高裁判所第三小法廷 昭和23年(れ)1114号 判決 1948年12月24日
主文
本件上告を棄却する。
理由
被告人等三名辯護人原田茂、被告人松本徠吉辯護人杉山賢三、被告人原田三雄辯護人三宅正太郎、小林直人、被告人本多力男辯護人福井房次の各上告趣意は末尾添附の書面記載のごとくであって、これに對する當裁判所の判斷は次のとおりである。
辯護人杉山賢三の上告趣意第一點について。
記録によれば、被告人の辯護人は原審の公判において論旨摘録のごとく被告人の精神状態を明らかにするために精神鑑定その他證據調の請求をしたことは認められるが、これら證據調の請求自體は被告人の精神状態の健否を明かにするための請求に過ぎないのであるから、それだけでは被告人が本件犯行當時に心神喪失者若しくは心神耗弱者等であったことの事実上の主張がなされたものとは言うことができない。そして他には右のような事実上の主張がなされたことを認むべき事跡もないのであるから、原審が刑事訴訟法第三六〇條第二項の判斷を示さなかったのは當然であって原判決には所論のような違法はない。又證據調の限度は原審の自由裁量によって決するのであるから、原審が鑑定の請求を却下したからとて所論のような違法はなく論旨は理由がない。
同第二點、辯護人三宅正太郎、同小林直人の上告趣意第四點について。
およそ、犯人が屋内に侵入して家人にピストル等を突きつけて脅迫した場合に家人は犯人が屋外に退出するに至るまで畏怖を感じ反抗を抑壓されることは當然であるから、犯人がその間家人の所持する財物を奪取すればそれは窃盗ではなく強盗であること言うまでもないことである。されば、被告人松本徠吉が懐中時計を奪取した状況が所論のとおりであったとしても強盗であることに論はなく、又強盗罪の判示としては所論のように個々の財物について奪取の状況を逐一説明する必要のないことも多言を要しない處であり、猶共同強盗であるから假令論旨のいう様に被告人原田が時計奪取の事実を知らなかったとしても共同の責任を負うのは當然である。論旨は理由がない。
辯護人福井房次の上告趣意第二點について。
精神病者であっても、症状によりその精神状態は時に普通人と異ならない場合もあるのであるから、その際における證言を採用することは何ら採證法則に反するものではなく、要は事実審の自由な判斷によってその採否を決すべきものである。されば、假りに被告人松本徠吉の精神状態に異状があったとしても原審がその供述を措信することができるものと判斷してこれを證據に引用したからとて違法ではない。所論は結局原審の事実認證を主張するに歸するので日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に関する法律第一三條第二項により上告の適法な理由とならないから採用することができない。
辯護人三宅正太郎、同小林直人の上告趣意第一點について。
刑事訴訟法第三四七條第一項において裁判長は各個の證據につき取調を終えた毎に被告人に意見の有無を問うべきことを規定しているのは、被告人に證據について意見を述べる機會を與えなければならないことを規定したのであって、被告人が述べる意見を有しない時でも強て之れを述べさせなければならないことまで規定したものではない。被告人が辯護人に一任したというのは辯護人に代わって述べて貰へばそれでいい、それ以上自分は述べる意志がないことを表明したものに外ならない。所論のような見解によると、裁判長が證據につき被告人の意見を問うたところ被告人が默して答えない場合には證據とならない不合理を生ずる。されば、原審の裁判長が論旨に摘録するような證據調をしたことは適法であって、これを適法であると主張する論旨は了解することができない。それ故論旨は理由がない。
同第五點について。
記録を調べてみると本件犯罪については最初に被告人松本徠吉が賍物牙保被疑事件により小田原簡易裁判所判事が発した逮捕状によって逮捕された結果同人及び被告人原田三雄、本多力男に對する強盗被疑事実が発覺し日本国憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に関する法律第八條第二號の所謂緊急逮捕の手續によって被告人本多が逮捕され前記判事の同人に對する逮捕状の発布を受けたことが明かである。そして所謂緊急逮捕の手續は前記法律によって認められた強制捜査手續であるから現行犯事件の場合と同様に捜査官憲において被疑者に對して訊問權を有するものと言わなければならない。されば、司法警察官が被疑者本多を本件強盗被疑事実について訊問して所論の訊問調書を作成したのはもとより適法であってこれを證據に引用した原判決には違法はないから論旨は理由がない。(その他の判決理由は省略する。)
よって、最高裁判所裁判事務處理規則第九條第四號刑事訴訟法第四四六條に從い主文のとおり判決する。
以上は裁判官全員の一致した意見である。
(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上登 裁判官 河村又介)